任意後見制度とは判断能力が健全なうちに、ご本人が認知症などによって判断能力を失ってしまった時に備えて、後見人の指名及び後見事務の内容などをあらかじめ決めておく制度です。判断能力が失われた後の措置として適用される法定後見制度に対して、任意後見制度は判断能力があるうちにご自身で後見の内容を決めることができるので、より自分に適した後見内容にカスタマイズすることができます。なかでも後見人を誰にするかや、その後見人への報酬額を自分で決められる点は非常に大きなメリットと言えます。
任意後見契約にも、その効力の発生時期や財産管理委任契約などの他の契約を併用するかどうかで、移行型、将来型、即効型3つの類型にわけることができますです。順にご説明いたします。
任意後見制度 『移行型』
移行型:任意後見契約で最もポピュラーな類型です。判断能力が衰えた後は任意後見契約を発効させて後見が開始されますが、その前段階からなんらかの援助を行うタイプです。認知症にはなっていないが、物忘れが増えてきて金銭管理が難しい場合、足腰が衰えて銀行などの金融機関に行くのが困難な場合には財産管理委任契約(任意代理契約)を結んで、財産の管理だけ受任して代わりに代行してもらい、いざ認知症などで判断能力が衰えた場合に任意後見契約を発効させて受任者には後見業務に移行してもらうという方法です。またご本人の死後について、行政への届出や葬儀、埋葬についての事務を担える家族、親族がいない場合は死後事務委任契約を結んでおき、ご本人の死後にいたるまで援助する場合もあります。死後事務委任契約と財産管理委任契約について詳しくは【財産管理委任契約】【死後事務委任契約】の項をご覧ください。
任意後見制度 『将来型』
将来型:今現在は特に生活に支障はないので援助は必要ないが、認知症などで判断能力が衰えた場合に後見業務をしてほしい時などの類型です。任意後見契約は結んでおき判断能力が衰えたときにその契約を発効させます。周りに同居のご家族など、ご本人の様子を見てくれる人がいる場合は任意後見契約だけで足りるかと思いますが、ご本人が独居で他の家族と疎遠であったり、遠くに暮らしていて様子を見に来ることが困難な場合だと、ご本人が認知症等になったことに周りが気づかず、せっかく任意後見契約を結んでいるのにその効力をスタートさせることができないこともございますので、あわせて見守り契約を結んでおき、判断能力の健全なうちから受任者に定期的に様子を見に来てもらうようにするとよいかと思います。
任意後見制度 『即効型』
即効型:任意後見契約締結後、すぐに任意後見監督人を家庭裁判所に選任してもらい、後見を開始するタイプです。後見が開始されるということは判断能力が認知症などの理由で衰えているということになりますが、任意後見契約は契約行為なので、ご本人の判断能力があることが前提になります。すなわち、即効型を利用する場合としては、軽度の認知症で任意後見契約は結べるが、財産管理や各種手続きは難しくなってきているといった場合に利用されます。法定後見制度の補助類型との境界にも近いので、場合によって任意後見契約は結べず、法定後見制度に移行するケースもあります。
任意後見制度でできること・できないこと
任意後見制度でできること
〇不動産の管理、保存、処分
〇預金通帳や各種権利証などの重要な証書の管理
〇年金などの収入の受取り
〇金融機関との取引
〇ガス代や電気代の支払い
〇遺産分割や相続の承認、放棄、贈与に関する事務
〇病院・施設への支払いや、入院・入所の手続き
〇居所の確保・収益物件の入居者との契約、家賃の受取り
〇要介護認定の申請
など法定後見人のできることと似ていますが、任意後見契約は、上記項目からどれを選択するか、どれを外すかを委託者が自分で決められたり、またひとつひとつの項目について詳しい内容を決められる点で法定後見制度と異なります。
任意後見制度でできないこと
任意後見制度でできないこと
〇事実行為としての介護、支援それ自体
〇身分行為
〇医療同意
などはできず、こちらも成年後見制度とほぼ同じです。また死後の事務に関しても任意後見契約では行うことがほぼできないため、死後事務についても任意後見契約と同時に契約する方もおられます。
任意後見制度メリット・デメリット
任意後見制度にもメリット・デメリットがありますので、ご説明いたします。
任意後見制度のメリット
1.後見人を自分で決めることができる
やはり任意後見制度の1番のメリットは、後見人を自分で指名することができるところです。法定後見制度では希望は出すことはできますが、必ずしもその希望にそう人が後見人になるとは限らず、かなりの確率で面識のない専門職が後見人に就任します。
2・代理権の範囲を自分で決められる。
後見人にできること→でも述べましたが、後見人にできる事務のなかから、ご本人が取捨選択し、さらにその内容について詳しく指定できます。たとえば『不動産の管理、保存、処分』について、処分する時期やその金額についても自分で指定することができたり、『病院への入院』についてどの地域のどういう病院へ入院したいかなど、あらかじめ決めておくことができます。
3・任意後見人の報酬額について自由に決められる
法定後見の報酬は家庭裁判所が決定しますので、自由に決められませんが、任意後見人の報酬については自由に設定できます。無報酬にすることもできます。一般的にご家族である場合は無報酬に設定することが多いようです。
4・任意後見監督人が選任されるので厳格な管理が期待できる
任意後見契約の発効は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することが条件となりますので、任意後見人の事務は必ず任意後見監督人が管理することとなります。これによってご本人の判断能力が失われても任意後見契約の内容が安全に実行できるように担保されます。
5・判断能力が失われる前から本人を援助できる
任意後見契約はご本人の判断能力が低下してから効果を発揮しますが、任意後見契約に付随して見守り契約や、財産管理委任契約(任意代理契約)を結んでおけば、ご本人の判断能力が健在なうちから少しずつご本人をフォローできます。
任意後見制度のデメリット
1.取消権はない
任意後見人には法定後見制度にはあった取消権はありません。本人がおこなった法律行為(契約など)を任意後見人が取り消すということはできません。仮にご本人が詐欺や悪徳商法の被害に遭われても、任意後見制度での取消はできません。
2.必ず任意後見監督人が付される
任意後見契約で後見を開始するには任意後見監督人を必ずつけなければいけません。任意後見監督人によって、厳格に後見内容をチェックできるというメリットがある反面、後見業務について任意後見監督人の意見を尊重しなくてはなりません。また任意後見監督人には毎月の報酬が発生します。成年後見人ほどではないですが、管理する財産の額によって差はあり、月に1~3万円程度かかります。やはり任意後見制度でもランニングコストと家庭裁判所の管理は避けられません。
法定後見との違い
法定後見制度では、申立て時、すでに判断能力が衰えているという前提となりますので、『誰に』『どのように後見をしてもらうか』は、家庭裁判所と、家庭裁判所から選任された成年後見人が決めることになります、もちろん成年後見人もご本人のためには、どのような後見をしたら最もご本人のためになるかということを必死に考えながら後見事務にあたりますが、意思の疎通が難しい場合も多く、必ずしもご本人の意思を100%反映した後見内容になるとは限りません。任意後見制度はそういった後見事務の内容や後見人の人選についてもご本人が決めておくことができるので、いざ任意後見が開始されても自分らしく人生を過ごすことができる度合いが法定後見制度に比べてかなり大きいと言えます。
なお任意後見人には法定後見人にある取消権や同意権はありません。
家族信託(民事信託との違い)
任意後見制度も家族信託も、ご本人の判断能力が健全なうちに契約を結ぶという点では同じで、どちらも事前準備です。違いは、自分自身に焦点をあててフォローするか、自分の財産に焦点をあててフォローするかです。任意後見制度は『自分自身』に焦点をあてて、自分に判断能力が無くなった時、自分のお金をどう使い(財産管理)、どういう生活を送りたいか(身上監護)をトータルで考えて設定します。対して家族信託は自分の判断能力がなくなった後『自分の財産』をどのように管理、保存、処分したいか、誰に承継させたいかということを考えて設定します。
もうひとつ大きな違いとしては、家庭裁判所の介入を必要とするかしないかです。任意後見制度も後見を開始するためには、家庭裁判所が選任する任意後見監督人をつけなければいけません。結果的に任意後見制度も家庭裁判所の監督下におかれることになります。対して家族信託はそういった家庭裁判所の介入はなく、基本的には家族内(当事者内)で完結します。
任意後見契約の契約書作成費用
○任意後見契約は必ず公正証書にて作成しなければその効果はありません。下記は公正証書を作成するために支払う額の目安です。
公正証書作成手数料11、000円万円
登記嘱託手数料1,400円
登記所へ納付する印紙代2,600円
郵便切手代600円~数千円
その他、公正証書の枚数が4枚を超える時、および正本、謄本作成費用として1枚ごとに250円が必要となります。
ご本人が病気等で公証役場へ出向くのが難しい場合は、公証人がご自宅や入院中の病院へ出張して証書を作成することもできますが、病床執務加算5500円、日当2万円(4時間以内なら1万円)、現地までの旅費・交通費の実費が加算されます。
任意後見の移行型として同時に財産管理委任契約を結ぶ場合は、別途、料金がかかります。
○専門家への報酬
任意後見契約書の原案を専門家へ依頼した場合は、専門家への報酬も必要となります。当事務所へご依頼の場合は『報酬額』欄をご参照ください。